熊本北聖書キリスト教会

熊本北聖書キリスト教会

2016年12月20日火曜日

今日の青年会

毎週火曜の青年会。



今日も無事に開催できました!



いつもお祈りありがとうございます。





今日は『結婚の意味』第8章の後半。

セックスと結婚、というテーマの続き、
この本の最終回でした。


前回、結婚関係の中でしか認められないセックスは、
非常に強烈な作用があることを学びました。

今私たちの生きる文化では、
感情的な高まりの延長線上だけで体を重ね合うことが普通です。

それ以外に理由はあるの?
好きだったらして当然じゃない? と。

そういう風潮に毅然と反論するのが、パウロであり、
聖書的な世界観、神が定めた性理解です。

本来セックスは、それ自体に
男女を強烈に結び合わせる力があります。
文字どおり二人のすべてを結び合わせます
肉体的に、人格的、霊的に。

そのため、社会的・経済的・法的・人格的...など
一人の人間のあらゆる面において
すべてを一致させる意志の相手と性的関係をもってしまえば、
セックスは、その当然の結果として、両者の人生を歪めてしまうことになるのです。

生きる方向性が違う別々の二人が、
いっときの感情的な高まりで、
感情だけ、肉体だけで結ばれようとするのには無理があるというわけです。

逆に、お互いをささげある覚悟のできた、
結婚関係にある男女に於いては、
セックスは最高の愛情表現ともなり、素晴らしい潤滑油となります。


...今日読んだ箇所で印象的だったのは、
一般的なクリスチャンイメージとは裏腹に、
どうやらパウロはセックスを奨励している、ということです。
夫は自分の妻に対して義務を果たし、同様に妻も自分の夫に対して義務を果たしなさい。(Iコリント7:3-5)
 の箇所ですね。

当時、男性は、婚外においても性的関係をもつのがあたりまえだった
ローマ文化を背景とする中で、
夫婦関係において、お互いに自分を肉的にも積極的に捧げ合いなさいと強調するとは、
かなり衝撃的です。現代においても。


また、セックスについて
家庭においても教会においても
話題として避けてしまう風潮で、
聖書的な性理解をどのように獲得できるかというのが、
非常に大事な課題だと改めて思わされました。

ガイドがいないから、迷ってしまう。

性に関しては、特に教会においても顕著だと思うわけです。


...自分たちの経験と照らし合わせても、
やはり、正しい世界観の提示こそ、
教会コミュニティが提供すべき大事なことだなと思わされました。


『結婚の意味』を通して、
結婚に対する向き合い方、
日々の営みの方向性、
結婚生活を送るための活力の源など、
本当に濃厚な学びの数々に触れられました。


ここで学んだことをそれぞれの持ち場で
実践できるようにお祈り頂ければ幸いです。











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