熊本北聖書キリスト教会

熊本北聖書キリスト教会

2016年11月22日火曜日

今日の青年会

毎週火曜の青年会。

今日も無事に開催できました!

いつもお祈りありがとうございます。


今日は『結婚の意味』第6章の後半。
互いを喜び合う、というテーマの続きです。

先週から引き続き、
聖書が語るジェンダーロールについて耳を傾けていますが、
何度読んでも、現代社会においては
かなり鋭く過激ともとれる表現に感じます。

男性は家庭の「かしら」で、
女性は「従順」であるように。

そのように言われたら、
誰もあまりいい気持ちしないように思うのです。
今の風潮の中では。

けれども聖書は、
男女に明確な役割をもたせた神の存在を示し、
神こそが人間を男女に分けて創造し、
結婚を制定したと教えます。

人間が、私たちが、
本来の姿に生かされて
本当の意味で神に祝福された人生を味わいたいなら
やはり神のデザインに沿った歩みをすべきだ、と。

また、新たに気づかされるのは、
一見堅苦しそうに感じる男女の明確な役割の違いは
実のところ、それがあるおかげで
家庭に調和と平安をもたらすものなのだということ。

すべきこと、すべきでないことは
聖書はさほど具体的には書いていませんが、
どんな時代にも通用するような
ガイドラインを示してくれています。

特に選択肢の多すぎる今の時代、
私たちは「答え」を安易に欲しがってしまうものですが、
聖書に耳を傾け、祈りにおいて確信が得られように、
主体的に選びとれるように、助言を与えているのだと思います。


.・・・男女の違いは、
時に衝突の原因になり、
それぞれの優劣を主張し合って争うもとになりますが、
神の目から見た本来の姿は、
違うからこそ補い合うものであり、
喜び合うものです。

衝突している間は、
なかなか喜び愛し合うことは難しいものですが、
だからこそキリストが示した愛が必要だとわかるのです。

神に背いた罪人である私たちという完全な異質な他者を、
キリストは違うからといって捨てたりはしませんでした。

それどころか喜び、
愛し尽くすために自らを進んで捧げ、
十字架にかかられたのです。

このキリストの愛こそが、
私たちがパートナーとすれ違う時に必要なものですし、
家庭に仕え導く者、助け手として支える者に
必要不可欠です。



…..今日も
既婚者にも未婚者にもがっつり味わい深い内容でした。

それぞれの持ち場に戻っても、
得られた学びが活かされるよう
引き続きお祈り頂ければ幸いです。






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